海外旅行で気をつけたいこと,
それは
『無事に日本に帰りつくこと!!』
海外旅行は楽しいですが,危険はつきもの.
スリ,車上荒らし,パスポートの盗難,交通事故,賄賂,地雷原…
これまで,なんとかトラブルを乗り越えてきました…
しかし,健康に日本に帰りつくために重要なことはもう1つ.
感染症です!!
忘れがちですが,時に命の危険をもたらすことがあります.
今回は,致死率は36%以上という驚異の致死率を示す恐怖の感染症『中東呼吸器症候群(MERS)』について紹介します!
モロッコのサハラ砂漠でヒトコブラクダ🐪に乗って旅をしたお話はこちら↓

2017年3月のモロッコ旅行の日程についてはこちら↓

ヒトコブラクダ🐪ってどんな動物??

分類
ウシ目(偶蹄目)ラクダ科・ラクダ属 Camelus
西アジア原産のヒトコブラクダ(Camelus dromedarius),中央アジア原産のフタコブラクダ(Camelus bactrianusとCamelus ferusの2種がある)の3種類のラクダがいます.
進化の流れ
ラクダの進化と分布の拡大
・赤い地域=現在のヒトコブラクダの分布域
・緑の地域=現在のフタコブラクダの分布域
引用:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/age.12858
約1600万年前に,現存種のラクダが属しているラクダ属が分岐しました.
ラクダの祖先は,約4500万年前の北アメリカのサバンナで誕生したと言われています.
当時の姿は現在のラクダのようなコブもなく,山羊よりも小さいサイズでした.
その後100万年の間に,20属ものラクダが出現し,そして再び姿を消しました.
800万年前〜1万4500年前にかけて旧世界のラクダの祖先は,ベーリングの陸橋を経由してユーラシアへと移動していきます.
その軌跡は多数の化石として,アジア,ヨーロッパ,北アフリカ,アラビア半島などで記録されています.
一方,新世界のラクダの先祖は300万年前頃に南アメリカに進入しました.
そうして,現在は上記の3種のラクダのみ生存しています.
分布
中央アジアから中東のイラン・イラク・アラビア半島と,サヘル以北の北アフリカ地域(サハラ砂漠地域)およびオーストラリアに生息しています.
ラクダは水の少ない環境に適応しており,中央アジアに多い「塩性の強い水」でも飲むことができます.
そのため旱魃で死ぬことも少なく,砂漠の遊牧民は牧畜して財産とすることが多いようです.野生動物ではないのですが,アラビア半島には結構たくさんの「野良ラクダ」がいます.
観察の注意
案外気が荒いので苛立ってる時にはあまり近寄らないほうがいいです.
また,車の運転中にラクダが近くにきたら,絶対に避けるか車を止めてください!
車で足を轢いてしまうとラクダが間違いなく運転席に倒れてきてその巨体で運転者と助手席の乗客は潰されて死んでしまいます.
防疫上の注意:中東呼吸器症候群(MERS)
ラクダに接するにあたって最も注意しなくてはならないのは,やはり『中東呼吸器症候群(MERS)』でしょう.
原因ウイルス
MERSコロナウイルス(コロナウイルス科βコロナウイルス属)
感染様式:①ヒトコブラクダからの感染 ②感染者からの感染
現在のところ,ヒトコブラクダがMERSコロナウイルスを保有宿主であり,ヒトコブラクダとの濃厚接触が感染リスクであると考えられています.ラクダの未加熱肉や身殺菌乳の摂取も感染リスクがある恐れがあります.
また,限定的ではありますが,咳などによる飛沫感染や接触感染によるヒトーヒト感染の報告もあります.
中東呼吸器症候群(MERS)の発見:サウジアラビアにて発生
2012年6月,サウジアラビアのJeddahにある病院で腎不全と重度の呼吸器症状を呈して亡くなった60歳男性から分離されたウイルスがMERSコロナウイルスでした.
当時サウジアラビアでは,各地で巡礼者の祭典が行われていたこともあり,一気に感染は広がっていき,中東だけでなく,ヨーロッパや北アフリカ,アジアなど27カ国以上に拡大しました.

驚異の致死率
この感染症の深刻な点は高い致死率であり,致死率は36%以上を記録しています.
厚生労働省によると,2019年11月末までに報告された診断確定患者は2494名であり,そのうち,少なくとも858名の死亡が確認されているとのことです.
同じコロナウイルス科βコロナウイルス属の重大な感染症として2種類あげてみます.
1つは,2002年11月に中国広東省で発生し,東アジアを中心に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)です.
2003年7月時点で患者数8439名,死亡者数812名,回復者数7427名であり,致死率は約9.6%です.
2つめは,2019年11月に中国武漢にて発生が確認された新型コロナウイルス(COVID-19)です.
2020年5月5日時点で,患者数3517345名,死亡者数243401名であり,致死率は約6.9%です.
なお,これは世界各国のデータの総計であり,日本のみでの感染者数15231名(患者数9053名,無症状病原体保有者1077名),死亡者数521名であり,致死率は約5.8%です.
他2つの感染症と比較するとMERSによる致死率の高さが際立っているかと思います.
※致死率=(一定期間における死亡者数)/(一定期間における患者数)×100
症状
無症状例から急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を来す重症例まであります.
発熱,冷感,頭痛,空咳,呼吸困難,筋肉痛など非特異的症状を呈し,SARSと異なり,拒食,吐き気,嘔吐,腹痛,下痢といった消化器症状を伴うことがあります.
また,腎不全の発生も報告されており,重症患者の22-70%で腎移植が必要になってしまうとのことです.
診断
現在,MERSに有効な抗ウイルス薬やワクチンは存在しないため,早期診断と対症療法が主な治療法になります.
診断方法として
①MERSコロナウイルスRNAの検出(PCRやLAMP法)
②抗MERSコロナウイルス抗体の検出(Protein Microarrayなど)
③以前MERSコロナウイルスに感染していたかを体液性応答を元に特定する(確定診断)
以上3つの方法が実施されています.
対策
月並みな方法にはなってしまいますが,MERS流行地域(サウジアラビア,アラブ首長国連邦,ヨルダン,カタール,オマーン,クウェート,イエメン)では,ラクダに触れないようにしましょう.
また,ラクダは唾液を飛ばしてくることがあり,文献的根拠は見つけられていませんが,ウイルス性の呼吸器感染症では,鼻汁や唾液に多量のウイルスを含んでいる場合が多いです!
なので,MERSも同様の可能性があると考えられます.
流行地域のラクダの唾液等の体液にも十分に注意し,触れてしまった場合には,よく洗剤を使用して洗うようにしましょう.
コロナウイルス科はエンベロープを持つので,アルコール消毒も有効です.
潜伏期間は2~14日間(中央値5日程度)なので,流行地域に旅行後,感冒様症状(風邪の症状)があれば,早めに病院に行くようにしましょう.
病気に気をつけて,楽しい旅行ライフにしましょう!
引用文献
・厚生労働省 中東呼吸器症候群(MERS)について
・2019.9.18, P. A. BurgerE. CianiB. Faye
Review Old World camels in a modern world – a balancing act between conservation and genetic improvement
・2018.2.24, Aasiyah Chafekar and Burtram C. Fielding
Review MERS-CoV: Understanding the Latest Human Coronavirus Threat
・2019.4.7, Ayman Mubarak , Wael Alturaiki , and Maged Gomaa Hemida
Review Article Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus (MERS-CoV): Infection, Immunological Response, and Vaccine Development
・2003.9.1, 岡部信彦(国立感染症研究所感染症情報セン ター長)
『感染症の診断・治療ガイドライン(』生涯教育シリーズ 51)
重症急性呼吸器症候群 SARS:severe acute respiratory syndrome
・2020.5.5, World Health Organization
Coronavirus disease (COVID-19) Situation Report – 106
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